「ウェブの私」と首相ツイッター

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01/03/2010 by kaztaira

ミーシャさんから、「クルーグマン教授の『謹賀新年』」の中で使った「遠い目」という表現についてのお尋ねがありました。確かに、あまり一般的な言葉ではないかもしれません。マンガなどで使われる表現だったろうか、という印象はありますが、確たる根拠あるわけでもないので。

 グーグルで調べてみると、こんな書き込みをしている方が。2000年にグーグルで「遠い目」を検索したところ、27,500件がヒットしたとあります。10年前の時点でも、比較的使われていた表現のようではあります。ちなみに2010年1月2日現在でのヒットは100倍を超す3,390,000件。
 目を細め、過去に思いをはせがちな人が、増えているのか。
 それはそれとして、今日はブログやツイッターを通して、どんどんとウェブの中に広がっていく、「ウェブ上の私」の話題を。
 ブログなどを通じた個人の発信と多数対多数のネットのつながりを指して、ティム・オライリー氏らが提唱、2004年ごろから使われだした用語が「ウェブ2.0」。それ以前のネットのあり方を「ウェブ1.0」と区分した。
 ではその先に来るものは? ということで、06年ぐらいから「ウェブ3.0」とは何だ、という議論があった。
 技術系ブログ「リードライトウェブ」の08年2月の記事「ウェブ3.0の姿をつかめ:何がキモになるのか?」が、この間の経緯をわかりやすくまとめている。
 この中で、ロバート・オブライエン氏というソフト開発者のによる定義(「ウェブ2.0の次に来るものは」)を取り上げている。
Web1.0:集中化した「彼ら」
Web2.0:分散化した「我ら」
Web3.0:拡散した「私」
 「1.0」は一対多数の「放送型」、これまでのメディアの形がネットに持ち込まれたもの。「2.0」は、多数対多数の「双方向参加型」。「ネットの10年、見通した『宣言』」でも紹介した「クルートレイン宣言」がいう、「市場は対話だ」という見立てだ。
 では「3.0」は? 例えば、私が欲しい情報、私が知っておくべきこと、私が情報を届けたい相手、を自在に選ぶことができる。そんな、「ウェブ上の私」を取り巻く「環境」を効率良く取り扱える状態、だという。
 なるほど。
 今ではウェブ3.0という言葉はほとんど聞かれないが、そんなことをおさらいしたのは、クレイグズリストという巨大な募集広告サイトを運営するクレイグ・ニューマーク氏のツイッターで、ニュースサイト「ハフィントンポスト」の、こんな記事が掲載されていたからだ。「ウェブ2.0のあなたを抹殺する・・それとも変身する?」
 ハフィントンポストは、新興のニュースサイトだが、老舗ワシントン・ポスト紙のサイトにも匹敵する閲覧数がありオバマ大統領の会見でも記者が質問者として指名されるなどの影響力を持つ。共同創業者で編集長のアリアナ・ハフィントン氏はコラムニストで、03年のカリフォルニア州知事選に立候補、シュワルツェネッガー現知事に敗れている。
 記事は、この10年で「私」を中心に情報の「環境」をコントロールする、まさに(ウェブ3.0的な)「ウェブ上の私」世代が台頭してきたという。そして、次の10年を切り開くのは、「ウェブ上の私たち」世代ではないか、と。
 「ウェブ上の私」が情報をコントロールできるのなら、「ウェブ上の私たち」が手を携えれば、様々な立場、信条の壁を超えて、社会をよくしていくこともできるのでは。人気の交流サイト「フェイスブック」が、パレスチナ問題などでの対話を呼びかけ、昨年10月に始めた「ピース・オン・フェイスブック」の取り組みを例に、そんな見通しを掲げる。
 「個」から「公共」へ。さしずめ、「ウェブ4.0」か?
 新年にあたって、記事はもうひとつの潮流を紹介している。そろそろ頭を冷やそう、と。
 記事によると、米歌手、ジョン・メイヤー氏がこんな呼びかけをしたらしい。「1週間のデジタル浄化」。特に昨年はツイッター人気で、頭の中も140文字の細切れ状態。いったん、年の初めに頭を冷やして、整理(デフラグ)しようという呼びかけだ。「メールはパソコンから」「携帯は通話のみ。メールはしない」「ツイッターはしない」「エンタメ系やゴシップサイトはのぞかない」

 さらに、技術系ニュースサイト「テッククランチ」のこんな記事も。「『Web自殺』幇助サービスWeb2.0 Suicide Machineで過去を清算、真新しい2010年を迎えよう」

。交流サイトやツイッターなど、「ウェブ上の私」をきれいさっぱり消し去ってくれるオランダ発のサービスの紹介だ。

 ネットに入り浸り、家族との時間も犠牲にしてきたあなた、「現実」に戻ろう。自分で、「ウェブ上の私」を消して回ったら、9時間35分もかかるが、我々ならたった52分で・・・。
 そんな冗談とも本気ともつかないサービスだ。
 消し去る「私」があれば、新しく登場する「私」も。
 鳩山由紀夫首相が、1日からブログ「鳩カフェ」ツイッターを始めた。ツイッターは、3日朝の時点で、すでに6万人超が閲読(フォロー)している。年末に偽物騒動(「Twitterで鳩山首相になりすました男性が謝罪 『有名人でコントやってみたかった』:ITmedia」)もあったが、今回は本物のよう。
 フォロー先も約2,000人。「フォローしてくださった方々すべてをすぐにフォローできないのは心苦しい限りですが、順々にさせていただきます」とあるから、これから万とか数十万の単位のフォローをしていくのか?
 内閣広報室に、ひとりツイッター担当が必要になるのだろうか。
 ちなみに、バラク・オバマ米大統領のツイッターをフォローしているのは約300万人。フォロー先は約74万人だ。大統領選でのツイッター活用で知られているのに、昨年11月の訪中の際、「私はツイッターを使ったことがない」と述べて、ツイッター界に衝撃を与えたが。
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