100歳になったマクルーハン

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07/23/2011 by kaztaira

おととい7月21日は、『メディア論』で知られるカナダの英文学者、故マーシャル・マクルーハンの生誕100年の誕生日だった。それにあわせた記念イベント『MM100 マクルーハン後のメディア世界――生誕100年から21世紀を考える』が、東京・青山で開かれた。

 青山学院大学教授の宮澤淳一さん(『マクルーハンの光景 メディア論がみえる』)、NTTスマートトレード社長の中澤豊さん(マクルーハン著『メディアの法則』翻訳)、朝日新聞社の同僚、服部桂記者(ポール・レヴィンソン著『デジタル・マクルーハン』翻訳、『メディアの予言者 マクルーハン再発見』)という、〝マクルーハンおたく〟3人のプレゼンテーションを中心に、今のメディア状況を見通す、という企画だった。

マクルーハンと言えば、メディア理論の代名詞のようでもある一方、難解、毀誉褒貶のイメージもつきまとう。そして、テレビ時代にはテレビ時代の、インターネット時代にはインターネット時代の読み解き方がされ、そこに様々な意味を見てとることができてしまうという、不思議な存在でもある。

 死後30年以上を経て、100歳の誕生日を祝うというのも妙な感じだが、メディアの激変を考える上で、マクルーハンの様々なキーワードをネット社会に読み替えるという作業は、頭の体操も含めて今も頻繁に行われている。その意味では〝100歳〟になった現在も、マクルーハンはよりリアルな存在感があるとも言える。
 ただ困ったことに、「メディアはメッセージ」「クール/ホット」「グローバル・ヴィレッジ(地球村)」といった有名なキーワードも、原著にあたってきちんと理解できているのか、と問われるとかなり心もとない。そもそもが難解なのだから。誤解・誤読の連鎖の果ての、マクルーハンとは縁もゆかりもない、とんでもない使い方をしていないか、という不安は常につきまとう。
 それを、〝マクルーハンおたく〟のお三方が、一つ一つ、一から定義しなおし、読み直していく。「内容[がメッセージであるという]よりは、むしろメディアこそがメッセージである」「地球村とは理想郷の予言ではなく、ベトナム戦争の時代の現実を捉えたもの」(宮澤さん)、「修辞学者、ソフィストとしてのマクルーハン」(中澤さん)、「あなたは本当のマクルーハンを知らない」(服部記者)。
 マクルーハンの中心的な著作が発表された1960年代は、インターネットの前身、アーパネットが生まれ、人類が初の月面着陸を果たし、宇宙からみた地球の画像を掲げる「ホールアース(全地球)」という考え方が、スチュワート・ブランドによってカウンターカルチャーと結びつき、さらにはデジタルカルチャーと結びついていく――そんな今につながる原図が形づくられた時代だ。
 その原図の時代のロックスターであるマクルーハンの「そもそも」を、専門家の手でソーシャル時代から逆照射してもらうというのは、かなり贅沢な経験だった。

 この生誕100年にあわせて、書店でもマクルーハン本が目につく。改めて読み返してみるタイミングだ。

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