ジョブズ氏、最後の言葉とウェブ

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11/01/2011 by kaztaira

故スティーブ・ジョブズ氏の妹で作家のモナ・シンプソンさんが、スタンフォード大学内であった追悼式で述べた弔辞が、ニューヨーク・タイムズ(電子版)に掲載されていた。

 生々しい闘病の様子、家族に見せた表情などが描かれ、胸に迫る弔辞だ。そこに、家族を前にしてジョブズ氏が口にした最後の言葉が綴られている。
 「その数時間前、スティーブはごく簡単な最後の言葉を、3回繰り返しました。
  旅立つ前、彼は妹のパティを、そして長い時間、子どもたちを、それから生涯の伴侶、ローリーンを見つめると、その肩越しへと視線は漂っていきました。
  スティーブの最後の言葉はこうでした:
  ああ、すごいな。ああ、すごいな。ああ、すごいな(OH WOW.OH WOW.OH WOW.)」
 ジョブズ氏は生後すぐに養子に出されているが、シンプソンさんはその実の両親との間の妹で、初めて会ったのはジョブズ氏がアップルを離れる1985年のこと。弔辞に出てくる妹パティさんは、養父母の養女だ。
 この弔辞の中で、シンプソンさんは、ワールド・ワイド・ウェブ(WWW)を開発したティム・バーナーズリー氏のことにも触れている。
 バーナーズリー氏がウェブの開発に使い、最初のウェブサーバーとなったのが、ジョブズ氏がアップルを離れてつくったワークステーション「NeXT(ネクスト)」だったというのは有名な話だ。いくつかの不具合もあり、商業的にも成功したとは言えない製品だが、バーナーズリー氏自身は、なぜNeXTだったのかを、ワールド・ワイド・ウェブ協会(W3C)の公式ページで説明している。
 「いくつもの素晴らしいツールが使えるというメリットもあったし、総じて優れた開発環境を提供してくれた。実際に、ほかの開発システムだったら1年ぐらいはかかってしまうところを、ほんの数カ月でできてしまったのだから」
 ジョブズ氏の訃報に際しても、バーナーズリー氏はW3Cのブログで弔意を表明し、改めて「NeXTは輝くばかりのマシンだった」と称賛している。
 そして、ジョブズ氏との出会いについても。
 「私たちは1度だけ居合わせたことがある。フランスでNeXTの開発者の集まりがあった時のことだ。会場では、おのおののテーブルで展示の準備が進んでいた。私も自分たちのテーブルで、(ウェブの共同開発者の)ロバート・カイリューと一緒に、ワールド・ワード・ウェブのプログラムの展示準備をしているところだった。そこにスティーブが姿を見せた。いくつかのテーブルを回り、それぞれの開発プロジェクトの担当者と言葉を交わしていく。ただ、会場を後にするまで、私たちのテーブルには現れなかった」
 微妙な距離感が漂うエピソードではあるが、バーナーズリー氏はなお、「スティーブは使えるテクノロジー―そしてセクシーですらあるテクノロジー―のチャンピオンだった」とたたえている。
 ちなみに〝ウェブ誕生〟の素地をつくったとも言えるジョブズ氏の業績を評価する一方で、バーナーズリー氏はアップル批判派の1人でもある。ウェブの技術の特許も取らず、「オープンなウェブ」の筋金入りの擁護派であるバーナーズリー氏は、アップルのiTunesや、フェイスブックなどの「閉じたウェブ」はテクノロジーの発展を阻害する、と糾弾もしているのだ。
 バーナーズリー氏もまた、ジョブズ氏やビル・ゲイツ氏、グーグルのエリック・シュミット氏らと同じ1955年生まれ。これはこれで、巡り合わせと言えるだろう。
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