オープンの力、ネットの生態系

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01/23/2012 by kaztaira

先週火曜日、電通ホールでマサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボのイベントを見てきた。テーマは「The Power of Open, Scaling the Eco System(オープンの力、広がる生態系)」。新所長、伊藤穣一さんが率いる新生メディアラボの日本でのお披露目イベントだ。

まず登壇したのは、メディアラボの創設者で名誉会長のニコラス・ネグロポンテ教授。95年のベストセラー『ビーイング・デジタル』で日本でもおなじみの、デジタル革命の旗手だ。

 ネグロポンテさんはこんな話をした。
 いかなる大企業も、その半数を管理職として、のこり半分を管理するために使う。管理されるほうの半分は、エネルギーの半分を、”管理されること”に消費する。従って、大企業のアウトプットは、この計算でいくと全体の25%にしかならない。残りのリソースは管理し、管理されるために消費されているからだ。この25%には大きな責任がのしかかる。この25%はクリエイティブでイノベーティブ、製品をつくり、会社を未来にわたって存続させていかなければならない。そのためのアイディアはどこからくるのか。
 答えはシンプル。新しいアイディアは「違うもの」によって訪れる。たくさんの「違うもの」があれば、年代、文化、経歴、専門、それらの「違う」人たちが一カ所に集まれば、新しいアイディアを手にすることができる。自動的に沸いて出る、というわけではないが、みんなが「同じ」である時より、はるかに簡単に。
 そしてその「違うもの」のデパートこそが、メディアラボだというわけだ。そして、こんなエピソードを紹介した。
 (メディアラボの共同創設者でMIT元学長の)ジェローム・ウィズナーがケネディ政権のホワイトハウス(の科学顧問)にいたとき、テレビを開発した人物が訪問してきた。ウラジミール・ツヴォルキンだ。ツヴォルキンはジェリーにところにきたのは土曜日だった。ジェリーは、「大統領に会ったことがあるか」ときいた。「いいや」。「じゃあ、彼の執務室に会いにいこう」。ケネディは執務室にいた。「大統領、紹介したい人物がいます。あなたを当選させた人物です」「どういう意味だ?」「この人はテレビを発明したんです」「それはすごい。すごいことをやってくれた」。ツヴォルキンは当惑していた。そしてこう言った。「大統領、最近、テレビを見たことはありますか。私たちはテレビを発明しましたが、私たちはクリエイティブなメディアをつくっていると思っていました。私たちは教育のためのメディアをつくっていると思っていた。私たちは、今、自分がテレビで目にしているような、ガラクタをつくっているとは思ってもいなかったんです」
 私がこの話を好きなのは、メディアラボ設立の目的が、コンピューターの未来をテレビのようにしないためだったから。テレビは、エンジニアによって発明されたものだ。だが、カメラはまったく違う。カメラはカメラマンによって開発されてきた。歴史をひもといてみると、そこには(映画の父とも呼ばれる)リュミエール兄弟のような人物がいる。彼らは自身もカメラマンだった。そしてメディアをクリエーティブに使うことから、新たなメディアをつくりだしていった。メディアラボは、このカメラのように、クリエイティブなユーザーが新しいテクノロジーをつくり出す場所だ。
 テレビ関係者は気を悪くするかも知れないが、興味深い見立てではある。
 ネグロポンテさんはまた、こんなことも話していた。
 インクリメンタリズム(堅実主義)はクリエイティビティの敵だ。そして、これは大きな敵です。といのも私たちはインクリメンタルになりがちなのは、両親がインクリメンタルでありなさい、とアドバイスをするということも一因。一歩一歩地道にやっていくというのは、自然なことでもあるのだから。
 これは同質組織のなかでの単線思考は、イノベーションやクリエイティビティを生まないという最初の話にもつながっている。そして、このインクリメンタリズムを最も得意としているのが日本社会だ。
 伊藤穣一さんの話は一気にインタネット中心になる。まずは「ビフォーインターネットとアフターインターネット」。
 自分の人生、人間の文明もビフォーインターネット(BI)と、アフターインターネット(AI)に分けることができると思う。インターネットがイノベーションや社会にどれだけインパクトがあるか、深く考える必要がある。一つ重要なポイントは、インターネットは、テクノロジーではなく一つの哲学だということ。ニコラスの話にもあったが、技術だけでは世の中はよくならなくて、全体的にアート、社会のこともきちんと考えてやらないといけない。
 インターネットは、基本的に人間の進化にものすごく影響を及ぼしていて、世の中は二つの時代に分かれている、BIはインターネット以前、AIはインターネット以降。BIは、世の中が比較的シンプルだった。その時代の代表的なプロダクト、ウォークマンなどはスタンドアロンの商品だった。ニコラスがメディアラボを(1985年に)つくったときには、カメラとカメラマン、人間とコンピューター、そういう個人をいかにエンパワーする(力を与える)かがその時代の課題だった。ネットワーク時代は、世の中が複雑になってきて、プロダクトはエコシステム(生態系)になってきて、だんだん構造が変わってくる。従来のBIのイノベーションのやりかたは、大企業、国がエキスパートを集めて、国際機関などでいろいろと議論し、あらゆるリスク、可能性をプランし、そのプランがものすごく分厚い規格になる。それは一人の人間が消化しきれないぐらい複雑だ。
 (ハーバード大バークマンセンター研究員の)デビッド・ワインバーガーは、“Small Pieces Loosely Joined”とインターネットのことを言う。これは小さなパーツが緩やかにつながっているという意味。インターネットの本当に影響がある開発は、だいたい、少ない人数がやっている。ブラウザーにしても、(インターネットの通信規格)TCP/IPにしても、ほとんどの面白いことや、ツイッターなどのサービスも、とっても少ない人数が大学の中とかベンチャーの中で開発して、それがオープンなプロトコルで緩やかにつながっている。
 もう一つ重要なポイントは、一人ひとりがつくっているものは、自分が想像した使い方以外で使われることを歓迎するという点。これが中央管理型と逆。中央管理型は、自分たちが想定していない使い方は拒否する。インターネットの考え方は、自分が想像できないことがいろいろあるだろう、と(いうことが前提)。ツイッターなんかまさにそう。こんな使い方、面白いなと、そういうネットワーク型のつくり方がスモールピーシズなわけです。
 そして、インターネットの広がりがイノベーションのコストを下げた、と伊藤さんは言う。
 これがどう影響するかというと、とってもコストが下がる。ムーアの法則でパソコンも安くなって、ネットワークも安くなって、そうすると、開発コスト、流通コスト、コラボレーションコストもものすごく安くなる。何が起きるかというと、リスクが下がる。一個のアイディアにトライするリスクがとっても下がる。そうするとイノベーションにかかるコストが下がる。イノベーションコストが下がると、大学やベンチャーでできるようになってくる。インターネットが生まれてきたことで、だんだん小さいところでイノベーションが起きてくる。
 大企業の人の頭の中は、リスクが一番心配。コストがオーバーするとか、受注はうけたけれど、時間がかかりすぎるだとか、とってもリスクが高い。だけど、売り上げはちょっとマージン上げるとか、ちょっとマーケットシェアとるとか、ちょっとずつ売り上げは上がるので、どっちかというと、売り上げ中心ではなく、リスク、危機管理型。特に日本はコストカット型の経営が凄くおおい。イノベーション、プロダクトで攻める会社、大企業には少ない。
 このあたりの話は、ネグロポンテさんの「インクリメンタリズム」の話ともつながっている。
 ジョン・シーリー・ブラウンは、ゼロックスパークの元所長創業者。彼が“Power of Pull(引き出す力)”という言葉を使う。これは、いままでの会社は知識とか知的財産、お金、権力を蓄積して、蓄積した力でものを動かし、企画を運営したりする。パワー・オブ・プルは必要なときにしか、ネットワークからリソースを引っ張ってこない。いまでも試験は、どれだけ頭の中に情報を蓄積できるか、となっている。だが、今インターネットの時代だから、どこに行けばあるかわかればいいし、探し方、学び方、どういう人に聞けばいいかというスキル、コラボレーションのスキルの方が実はすごく重要で、必要なものはネットワークから引っ張ってくればいい。これは情報もそうで、お金もそう。お金が必要になったら投資家から集めればよくて、お金いっぱいためて、それでどうしようかというと、なかなかうまくいかない。
 こういう哲学も、結構インターネット的だと思うんですけど。これもつながってくるのは、何が起きるか、わからないから。震災とか、経済危機だとか、ほとんどの世の中の重要な事件は、想定外、しかも想定されていたとしても想定通りにはいかない。今は企画を立ててそれを一生懸命大事にするというよりも、むしろ、起きてから(対応するというやり方)でも遅くなくて、その方がアジャイル(機敏)なシステムができる。
 今は(世の中が)ものすごく複雑になって、だから、プランを立てるコストがめちゃくちゃ高くなっている。その代わり、その瞬間瞬間にアジャイルに動くネットワークはもうできてきている。これもインターネットと中央管理型の違い。中央管理型の人たちは、全部知らないと安心しない。インターネットをやっている人たちはすべてを知ろうとしない。自分の身の回りをちゃんと面倒みてれば、なんとかうまくいく。そういう感じで、地図を求めるんじゃなくてコンパスを持つというのが、僕の何となくビジュアルなイメージ。
 「地図ではなくコンパス」という考え方は、今の変化を見ていくのにいい手がかりになりそうだ。
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