100年前のメディア論

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03/12/2012 by kaztaira

13日に出す新著『朝日新聞記者のネット情報活用術』(朝日新書)は、タイトルどおりネット情報を活用するためのノウハウをまとめた本だが、一方ではネット時代のメディア論でもある。

その中では、様々な過去の名著からいくつかの引用をしている。その一つが、会社の大先輩記者でもある杉村楚人冠の『最近新聞紙学』。1世紀前に書かれたメディア論だ。
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この名前、よほどの新聞マニアでもない限り、そう広くは知られていないだろう。社内でも知らない記者はいそうだ。

杉村楚人冠(広太郎)が朝日新聞社に入社したのは1903年(明治36年)。ロンドン特派員や論説記者を務めたほか、調査部、記事審査部、アサヒグラフなどを創設した。『最近新聞紙学』が出版されたのは、1915年(大正4年)。「新聞紙学」は、楚人冠が「ジャーナリズム」にあてた訳語だ。

(ちなみにウィキペディアには、楚人冠が朝日新聞の1面のコラム「天声人語」の命名者とあるが、朝日新聞社史によれば、西村天囚とされている)

書かれた時代が時代なので、読みにくいところも多々あるが、語られているメディア論、ジャーナリズム論は驚くほど、今に通じる点がある。

例えば、文章論。

 一、全力を起手に注ぐこと
 二、思い切って捨てること
 三、与実的なるべきこと
 四、無用の用あるべきこと

「起手」とは書き出しの意味。「思い切って捨てる」とは、「十を聞いて一を書く」と同じ意味合い。また「与実的」とは英語の「informative」の訳語として使われている。読者にとって意味のある情報が盛り込まれている、ということ。「無用の用」とは、読みやすい文章であるためには遊びやゆとりといった工夫も必要、という程度の意味だ。

そして、こう述べている。

 以上言うところの四則を一括すると、相反対したる二つの条件が纏(まと)まる。第一には、限りある紙面に限なきことを入れるのであるから、できる限り捨つべきを棄てて、精確と簡明とを期する。しかしながら第二には、強制的に読ませる読者ではないから、出来るだけ読者の注意を捉えて、読んで貰う注意を怠らぬ。この一見互いに矛盾したような二つを、しかるべく調和していくところに原稿製作の要訣(ようけつ)はある。

ここでいう「要訣」とは、要諦、秘訣といった意味合い。ジャーナリズムの文章論として、今でもそのまま通じる。

さらに新聞と読者との関係についてもこんなことを述べている。

 新聞紙と読者とは、近づけば近づくほど、読者のその新聞紙に対する戮力(りくりょく)的傾向は益々(ますます)加わって来て、遂には読者が新聞紙を中心として、一個のコムミュニティを形づくる。更に進んでは、一個のファミリーを形づくるとも言える。かくの如き堅固なる新聞紙と読者との関係ができれば、その新聞紙の勢力は、これに従って次第に強大を加える。
 (中略)
 新聞紙の編輯(へんしゅう)の一方針としてはこの読者の戮力の助長と維持と利用とを念頭から離れさせぬ。言い換えれば、今日迄の高踏的態度を捨てて、いづれの方面にも読者と相触るるところあらしめる。

「戮力」とは協力の意味。新聞が読者によるコミュニティーのビジネスであり、読者に目線を合わせ、様々なアクセスポイントを用意すべきである――「読者」を「顧客」と言い換えても、そのまま今に通じる見識だ。

このメディア論をソーシャル時代の今にアップデートする。ツイッターやフェイスブックと「新聞紙学」の100年をつなぐ。『ネット情報活用術』はそんな試みの本でもある。

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※このブログは「ハフィントン・ポスト」にも転載されています。

Twitter:@kaztaira

『朝日新聞記者のネット情報活用術』

電子書籍版がキンドルiブックストア楽天koboなどで配信中

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