メディアニュートラルな報道とは

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04/09/2012 by kaztaira

メディアニュートラルという言葉がある。

 広告の世界で使われる表現で、テレビCMや新聞といったメディアの既存の「枠」から発想するのではなく、様々なメディアを中立的(ニュートラル)に捉えて、最も効果的な広告展開を行う、といった意味合いで使われている。
 商品やサービスの顧客が、テレビや新聞の向こう側にしっかりといた時代には、そのメディアの「枠」を前提に、顧客にメッセージを伝えるためのフォーマットがあった。
 だが、誰もがメディアの受け手であると同時に発信者にもなっている今、顧客はいろんなところにかなりばらけて存在している。メッセージを届けたい顧客がどこにいて、何をしていて、どんな需要があるのか。その顧客に届けるには、既存のメディアではなく、ソーシャルメディアかもしれないし、新しくメディアをつくる必要があるかもしれない。
 では、メディアニュートラルなジャーナリズムとは?
 土曜日あったジャーナリスト、藤代裕之さんの講演会「震災とツイッター~新聞は何をつぶやいたか~」を聞いていて、そんなことを考えた。
 この講演会は朝日新聞労組の主催で「第25回 言論の自由を考える5・3集会 プレ集会@東京」として開かれたものだ。「5・3」とは朝日新聞阪神支局襲撃事件があった5月3日を指す。
 当日は、ユーストリームなどの動画中継もなかったようだったので、会場からツイッター( @kaztaira )で実況中継し、それを後でトゥギャッターにまとめた
 講演会は藤代さんの基調講演、さらに朝日新聞社会部のツイッターアカウントで震災関連情報を発信していたチームの1人、仲村和代記者の報告と藤代さん、仲村記者のトーク、という構成だった。
 様々な論点があり、いずれも刺激になる内容だったが、その中でひっかかったのは、藤代さんのこの発言(以下、いずれもツイッター中継からの抜き書き)。
 「メディア、ジャーナリスト、つたえるべき「ニュース」何なのか、紙は、ツイッターは、ガラケーでは。やりました、でとどまらず考えるきっかけに」
 仲村記者のこんな発言も。
 「やれることやるしか。両親、仙台。ツイッターやってるからみて、といってもみない。ツイッターだから届くということもないし、新聞も、取材記者が新聞積んで避難所にとどけるということも。今ツイッターならやってみる、次の時代、別のものならそれもやってみればいい」
 読者がどこにいて、どんな情報を望んでいるか。どんなメディアを使えばその読者に届くのか。そしてそれをどう検証していくのか。
 これは、そんなメディアニュートラルな情報発信のプランニングが、ジャーナリズムにも必要になっているという話ではないか。
 紙面、デジタル版、ブログ、ツイッター、フェイスブック・・・届くメディア、届く表現、届くコンテンツ。
 ジャーナリズムの世界では、「デジタルファースト」という合言葉もある。紙にこだわらず、読者に近いデジタルからまずニュース発信を、という取り組みだ。これは紙かデジタルかという「OR」の発想ではなく、紙もデジタルもという「AND」の発想だ。
 デジタルファーストに積極的な米コネチカット州の地元紙「レジスター・シチズン」では、編集局内に、市民が誰でも利用できるカフェ「ニュースルーム・カフェ」を開設している。これも、新聞と読者をつなぐ新しい〝メディア〟と言える。
 広告の世界で考えられてきたことを、改めてジャーナリズムの文脈で考えてみるべきだと思った2時間半の講演会だった。
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