「ネット妄想」:欠けている視点

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03/04/2013 by kaztaira

インターネットについての辛口評論で知られるエフゲニー・モロゾフさんの新刊「To Save Everything, Click Here: The Folly of Technological Solutionism(すべてを救うには、ここをクリック:テクノロジー解決主義の愚かさ)」がきょう(5日)発売予定だ。

予約注文はしてあるのだが、その前に2年前に買ったまま手つかずになっていたモロゾフさんの話題の前作「The Net Delusion: How Not To Liberate The World(ネット妄想:世界を自由にしない方法)」を読み終えてしまおう、と通勤の行き帰りに持ち歩いていたのが、ようやく読了。

Exif_JPEG_PICTUREというかだれか翻訳してくれるだろうと思っていたら、結局だれも翻訳してくれなかった。

当初の副題は「How Not To Liberate The World」だったが、その後、「The Dark Side of Internet Freedom(ネットの自由のダークサイド)」と改題したようだ。

モロゾフさんの論旨は明快。「サイバーユートピア主義」「インターネット中心主義」と名づけたネット推進派の論理への徹底した批判だ。しかもものすごく皮肉な筆致で。

「サイバーユートピア主義者は、新たな改良型の国連をつくりあげようと野心を抱くが、できるのはせいぜいデジタル版シルク・ド・ソレイユといったものだろう」

「(2009年6月12日のイラン大統領選後の反大統領派の)デモの動きを広く伝え、推進したツイッターの役割を多くの人たちが称賛するが、6月25日のマイケル・ジャクソン死去は、あっという間にツイッターの人気トピックの座を奪っていった」

ただ、モロゾフさんの議論そのものは非常に硬質で、説得力がある。

「現在のインターネットの熱狂の大部分、特に閉鎖国家の扉をこじ開けてくれるのでは、という過大な期待は、歴史の全体を見ない、そして時には間違った解釈が原因になっている。つまり東西冷戦終結を、ロナルド・レーガンひとりの偉業として歴史を書き換え、ソビエト社会の側が抱えていた構造的問題と矛盾を過小評価するような」

「サイバー冷戦」思考と夢見がちなネット礼賛が、現実を無視した政策につながる、さらには問題をより悪化させる危険がある、というのがモロゾフさんの論点だ。

このような「サイバー冷戦」思考を、モロゾフさんはネオコン(新保守主義)ならぬサイバーコン(サイバー保守主義)と呼ぶ。

「サイバーコンの野心的なアジェンダはつきつめるとこういうことだ:党派はどうあれ、この(サイバー冷戦)のメタファーを真に受けるなら、インターネットは新たな自由への戦いの戦場であり、西側の為政者たちがサイバー空間の(ベルリンの)壁を打ち壊し、新たな壁が立ちはだからないとすれば、専制主義には破滅が待っている、と」

ところが現実は全くそうなっていない。今や世界最大のインターネット大国、中国はインターネットを取り込み、むしろ体制を強化している。

しかもそれは一方的な監視・検閲だけではない、はるかにフレキシブルなコントロールだ。監視型ディストピアを描くジョージ・オーウェルの『1984』と、享楽型ディストピアを描くオルダス・ハクスリーの『すばらしき新世界』を例に、モロゾフさんはこう述べる。

「すべての政治体制がオーウェルとハクスリーの間のスペクトラムのどこかにマップできる、と考えるならそれは単純化への招待状だ:政府が、市民のメールを盗み読みするか、安手のエンターテインメントで政治への不満をそらせるか、どちらかを選ぶと考えてしまうと、もう一つの可能性を見失ってしまう。つまり賢い体制側は、その両方をやるかも知れない、という点だ」

米国が米国型民主主義とインターネットをセットで推し進めても、中国は中国版インターネットでその体制を強化するだけだとモロゾフさんは言う。政治家が自分に都合のよい情報操作をすることを「スピン」と呼ぶが、モロゾフさんは、このような体制側のインターネットの取り込みを「スピンターネット」と名づけている。

もっと政策の実効性をきちんと見極める「サイバーリアリズム」が必要だ、と。

モロゾフさんの攻撃の矛先は、ネットをつかったアクティビズム「ハックティビズム(hacktivism)」にも向かい、「スラック(のろま)ティビスム(slacktivism)」とこきおろす。

そもそも、米国型の「ネットの自由」も一様ではない。

「西側の政府が対テロや犯罪対策の面からインターネットを規制しようとするとき、合法的な手段として考えるのは、専制国家がネット規制で使うのと同じ手法なのだ――ただしこちらは、もっぱら政治的目的で使うわけだが」

では、モロゾフさんの言う現実的なネット政策「サイバーリアリズム」とは?

「外交政策で目玉になるようなきらびやかな新施策を打ち立てようとするより、サイバーリアストは既存の政策メニューの中にインターネット活用の余地を見いだそうと努力する」

「インターネットに関する政策決定を、中央の一握りのデジタルエリートたち――ウェブ2.0のベンチャーの世界はわかっても、対中国、イラン政策の世界には全くの素人たち――に任せるのではなく、サイバーリアリストは中央集権化の試みを排除し、インターネット政策を地域政策の立案・遂行に当たっている担当者たちに委ねる」

「”インターネットは閉鎖国家にどんな変化をもたらすだろう”などという一般的、抽象的、時代錯誤な問題設定をするのではなく、サイバーリアリストは”インターネットはX国に対する現在の我々の政策にどのような影響を及ぼすだろう”と問題設定をする」

全400ページ超のボリュームだが、「サイバーリアリズム」という観点は、ネットの議論の中でもほとんど語られることのない重要なポイントだ。そして豊富な例示も説得力がある。

この議論が、新著ではさらにどう展開されるのか、期待がもてる。

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『朝日新聞記者のネット情報活用術』

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