ジャーナリズムにとって「客観的」であることは悪なのか

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11/05/2013 by kaztaira

「グレン・グリーンワルドはニュースの未来か?」という単刀直入な、不思議な味わいの記事が27日付けでニューヨーク・タイムズに掲載された。

同紙の前編集主幹(編集の責任者)ビル・ケラーさんと、米国家安全保障局(NSA)の情報監視のスクープを連発した前ガーディアン・コラムニストのグレン・グリーンワルドさんのネット往復書簡だ。

kellerジャーナリズムにとって「客観報道」とは、欠かせない規律か、透明性を妨げる弊害なのか――ミスター伝統メディアのケラーさんと、自他ともに認めるアクティビストのグリーンワルドさん。

ジャーナリズムの一線に立つ2人が、当事者として重要な論点をきっちり議論している。と同時に、かなり辛辣などつき合いにもなってもいて、読みでがある。ただ、少し長い。

だが、ネット時代のジャーナリズム、既存メディアと新メディアをめぐる問題に関心があるなら、時間をかけて読むだけの価値はある。

Is Glenn Greenwald the Future of News? (New York Times)

・「大量破壊兵器」から「情報監視」へ

ケラーさんが編集主幹を務めたのは03年7月、つまりイラク戦争開戦の4カ月後から、11年9月まで。

在任期間中の04年5月、タイムズは、開戦にいたるイラクの「大量破壊兵器」疑惑に関する同紙の報道について、大量破壊兵器は存在せず、間違いだったと認め、その検証記事を掲載した。

The Times and Iraq (FROM THE EDITORS/ New York Times)

また、05年末には、ブッシュ大統領がNSAに対し、裁判所の許可なしに盗聴を認めていたと、今回の一連の情報監視報道の先駆けとなるスクープを放ち、ピュリツァー賞を受賞している。

Bush Lets U.S. Spy on Callers Without Courts (New York Times)

だがこのスクープは、掲載を1年以上も見合わせており、それが2004年11月の米大統領選を挟んでいることから、ブッシュ政権への配慮ではないか、との批判も浴びた。

At the Times, a Scoop Deferred (Washington Post)

Eavesdropping and the Election: An Answer on the Question of Timing (THE PUBLIC EDITOR/ New York Times)

エドワード・スノーデンさんは今回、NSA盗聴報道の先鞭をつけたニューヨーク・タイムズには資料を持ち込まず、ガーディアンのグリーンワルドさんらに連絡をとった。

その理由は、この件が頭にあったから――クリーンワルドさんとともにスノーデンさんのインタビュー動画を撮影したドキュメンタリー作家、ローラ・ポイトラスさんは、インタビューにそう述べている。

How we broke the NSA story (Salon)

ケラーさんとグリーンワルドさんには、NSAのスクープをめぐる、そんな因縁もある。

・間違いを間違いとして指摘する

一方のグリーンワルドさんは、10月いっぱいでガーディアンを退社。ルモンドなどのメディアと共同で情報監視問題の報道を続けながら、「ワシントン・ポストを買う金でニュースベンチャーをつくる」で紹介したように、イーベイ創業者、ピエール・オミディアさんとの2億5000万ドル(250億円)規模のニュースベンチャーの立ち上げ準備を進めている。

On leaving the Guardian (Glenn Greenwald/ Guardian)

IT長者とジャーナリズムの組み合わせは、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスさんによるワシントン・ポスト買収(2億5000万ドル)を思わせる。ただ、ポストとは違って報道機関を一から立ち上げるという点で、より新しさが感じられ、記事のタイトル「ニュースの未来」にもつながっている。

そのグリーンワルドさんが指摘するのは、「客観報道」の弊害だ。

ニュース記事は、記者個人の意見を排し、事実に基づいてまとめる。記者個人の見解を示すのであれば、オピニオン面などに、ニュース記事とは区別して掲載する――これは、ジャーナリズムの「職業的な規律だ」とケラーさんは言う。

「個人的な見解は留保し、証拠に語らせる。これは個人の規律であると同時に、組織の規律でもある」

だがグリーンワルドさんは、これによって、記者がニュースに対する〝判断停止状態〟に陥り、「双方の言い分はこれ。でも私は問題を解決するつもりなし」という何の役にも立たない記事のフォーマットができあがってしまう、と言う。

「XはYと言っている」と報じるだけで、「XはYと言っているが、それはウソだ」とは指摘しないから、政治家や企業の担当者はその「客観報道」に寄りかかっていればいい、と。

それに、そもそも人間は客観的に動くような仕組みになっておらず、主観的なプリズムを通してしか世の中を把握し、理解することはできない。客観性を装うことにどんな価値があるのか、と。

そして、すべてのジャーナリズムはアクティビズムなのだ、とも言う。

・事実、証拠、検証可能なデータ

ただ、グリーンワルドさんはこうも述べている。

「だが結局、ジャーナリズムで問題とすべき唯一の基準は、正確性と信頼性だ。個人的には、自分の価値観を隠すよりは明らかにすることの方が、より誠実で信頼されるジャーナリズムが可能になると信じている。しかし、最も形式ばった〝客観報道〟から露骨な意見表明まで、いかなるジャーナリズムも事実、証拠、検証可能なデータに基づかなければ、何の価値もない」

ケラーさんはこう問いかける。

「いったん〝主観的な前提と政治的価値観〟を表明すれば、その立ち位置を守ろうと、事実を省いたり最小化したり、議論の立て付けをしようとしてしまうのが、人間性というものではないか」

そしてグリーンワルドさん。

「なぜ、立場を表明している記者よりも、隠している記者の方が、記事を操作しようという人間性の誘惑にかられないと言えるのだろう」「イデオロギー的な先入観以上に、読者の信頼を損ねるのは、イラク戦争開戦につながる偽情報を、米政府が広める手助けするような、露骨な政治権力への追従ではないか」

つまり、イラク戦争の「大量破壊兵器」に関するニューヨーク・タイムズの誤報問題だ。そしてグリーンワルドさんは問いただす――そのような姿勢は〝客観的〟とは言えないだろう。

「それはまさに国家主義的であり、主観的であり、アクティビストの行動だ」

さらにグリーンワルドさんの指摘は、タイムズのNSA盗聴報道にも及ぶ。

「私が疑問に思うのは、(スクープの公開について政権と折衝するという)手続きそのものではなく、それによって公にされるべき情報が抑えられたという事実だ。率直に言って、タイムズが2004年にブッシュ政権の要請でNSAの盗聴問題の記事を公表しないと判断したことは、なかでも最もひどい実例だと思う」

そして、ジャーナリズムの役割をこう定義する。

「本質的に、ジャーナリズムの価値は二つに使命にあると思っている。人々に正確で重要な情報を伝えること、そして権力者を敵対的な立場でチェックする独自の能力だ。この二つの障害になるような不文律があったとしても、真のジャーナリズムとは対極のものだし、無視すべきだと思う」

・ジャーナリズムの未来

ケラーさんは、過去の間違いや批判は認める。だが、「客観報道」については、グリーンワルドさんとの一致点を見いだすつもりもないようだ。

そしてケラーさんは、「ジャーナリズムの未来」について三つの点を問いかける。

その1:あらゆる他のビジネスと同様、ジャーナリストも個人の〝ブランド〟を構築すべきだと言われる。だが、特に調査報道のようなハードな取材の場合、組織的なサポートのメリットは大きい。グリーンワルドさん自身、NSAの報道はガーディアンの組織の中で動いていた。では、新しく立ち上げるニュースベンチャーは、既存の報道機関と何が違うのか?

その2:リークを容易にしたデジタルツールはまた、告発者の捕捉も容易にした。ウィキリークスに情報提供したブラッドリー・マニングさんは35年の禁錮刑、NSAを告発したスノーデンさんも亡命生活を送る。調査報道とは、やはり時間をかけた信頼できる情報源の発掘こそが必要なのではないか。急に思い立って機密情報の入ったUSBメモリーを渡すようなマニング、スノーデン両氏が調査報道の未来だと思うか?

その3:オミディアさんとのニュースベンチャーは、政治的にはモノカルチャーの組織か。それとも右翼版グレン・グリーンワルドも参加するのか?

グリーンワルドさんの答え。

その1:良質のジャーナリズムには経験豊かな編集者が必要だ。だがそれは、時代遅れの記事スタイルを要求すし、ジャーナリズムを去勢し、抑えつけるような編集者ではない。事実に基づく、強力で積極的で敵対的なジャーナリズムを鼓舞するような編集者だ。

その2:私たちはスノーデンさんからUSBメモリーを渡されただけではない。長い時間をかけて信頼関係を築き、その資料を報じるための枠組みをつくりあげた。それは1970年代、ダニエル・ヘルスバーグ博士がペンタゴン・ペーパーズをニューヨーク・タイムズに持ち込む決断をしたのと、どんな違いがあるのだろう? それに、ペンタンゴン・ペーパーズ裁判でタイムズの代理人をしたジェームス・グッデール弁護士が言うように、オバマ政権の情報統制は「ニクソン政権以来最悪」の状態の中で、ジャーナリスト自身も摘発の危険にさらされているのが現実だ。

その3:政治的立場に関係なく、敵対的ジャーナリズムに打ち込む人物は歓迎だ。

・先入観とバランス

メディア系のサイトはこぞって、この話題を取り上げた。

当のタイムズのコラムニスト、ロジャー・コーエンさんは、この公開書簡はジャーナリズムスクールの教材になるだろう、とした上で、グリーンワルドさんは既存の新聞社が権力に服従している、とことさらに強調していると指摘する。だが、9.11以降、米国のジャーナリストがあの事件に圧倒されてしまっていることは、事実だ、とも認める。

そして、既存メディアの公平性追求の姿勢とともに、グリーンワルドさんのいう、個人的な、先入観を明らかにした報道にもメリットはある、と。「アンドリュー・サリバンのブログのモットー〝先入観とバランス(Biased and Balanced)〟こそ、新しいメディアの展望に重要な要素ではないか」

A Journalist With a Mission (Roger Cohen/ New York Times)

アンドリュー・サリバンさんは、ブログ「ザ・ディッシュ」を運営する人気ブロガー。そのモットーは、保守メディアとして知られるフォックスニュースの有名なモットー「公平とバランス(Fair and Balanced)」をもじったものだ。

そのサリバンさんも、ブログでこの記事を取り上げている。客観性をめぐるこの議論ではグリーンワルドさんの方に分があるが、どちらかではなく、両方ではダメなのか、と。

Keller vs Greenwald: Why Not Both? (Andrew Sullivan/ THE DISH)

これは、コーエンさんの読み解きにも近い。

そして、人気ブログ「ギガオム」のライター、マシュー・イングラムさんも、「透明性こそ新しい客観性だ」とこの議論を歓迎する。

Glenn Greenwald vs. the NYT’s Bill Keller on objectivity and the future of journalism (Mathew Ingram/ PaidContent)

ガーディアンのデジタル版立ち上げも手がけたコロンビア大トウ・デジタル・ジャーナリズム・センター所長ののエミリー・ベルさんは、かつてローカル紙が地域独占を誇った時代には、党派性の違いで読者の半分を失うことのないよう、「客観性」がビジネス上も求められたと指摘。だが、そのモデルが崩れた今、ジャーナリズムは全く新しい局面を迎えている、と見る。

US journalism makes break with market forces (Emily Bell/ Guardian)

・価値判断とその背景

ジャーナリストが「主観」を表明するとして、それを実装に落とし込むとすると、どういうことになるのだろうか。

「憲法」「安全保障」「経済政策」などの項目で、自己申告ベースの立ち位置をレーダーチャートに表示するのか。あるいはソーシャルメディアの投稿分析から、それぞれのジャーナリストの「評判」として、数値化するのだろうか。

すると、その自己申告、あるいはソーシャルの「評判」の公正さが問題になってくるのだろう。

また、グリーンワルドさんが指摘する、記者のニュースに対する〝判断停止状態〟は、ニューヨーク大教授で人気ブロガーのジェイ・ローゼンさんが数年来、「彼はああ言った、彼女はこう言ったジャーナリズム(He Said, She Said Journalism)」と呼んでいるものだ。事実関係のチェックが可能なのに、それをせずに、対立する議論を同じ位置づけで並べる、「過度のバランス」を指す。

ナチスの主張にまで、バランスをとる必要はない、というわけだ。

He Said, She Said Journalism: Lame Formula in the Land of the Active User (Jay Rosen/ PressThink)

どんなジャーナリズムでも、それを報じる価値はあるのか、どれだけのニュース価値なのか、というニュースの「価値判断」を伴う。「価値判断」がないのなら、それはニュースではない。

ただ実務上、そこで基準になるのは主観ではなく、事実、証拠、検証可能なデータを吟味した先にあてる、「常識」の物差しだ。その「常識」を担保するのは、読者の「共感」だろう。「共感」が得られなければ、主観報道も客観報道も意味はない。

「共感」をはさむことで、「主観」と「客観」の議論もつながっていくように思える。

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