フェイクニュースはなぜフランス大統領選を揺るがさなかったのか

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05/12/2017 by kaztaira

フランス大統領選では、5月7日の決選投票直前に、マクロン新大統領に対する「隠し口座疑惑」やメールなどの大量流出といった立て続けの〝攻撃〟があった。

怪文書やサイバー攻撃、ネット掲示板、右派の拡散など、道具立ては米大統領選そのままの構図だ。

だがフランスでは、それらの揺さぶりがほとんど効果を示さなかったようだ。

決選投票の得票率はマクロン氏66%、ルペン氏34%で、マクロン氏は直前の世論調査の支持率をむしろ上回っている。

その背景には、マクロン陣営の周到なサイバー攻撃対策や、米仏のメディア環境の違いなどもあったようだ。

●公開討論直前に

フランス時間の5月3日午後7時、米ネット掲示板「4chan」に、2通のPDFファイルへのアドレスが匿名で投稿された

投稿にはラトビアのプロキシーサーバーを経由しているようだ。

マクロン氏が、タックスヘイブン(租税回避地)であるカリブ海のセントクリストファー・ネイビスにペーパーカンパニーを設立し、やはりタックスヘイブンのケイマン諸島に銀行口座を開設していたことを示す文書、とされていた。

macron_gate_4chan

つまり、マクロン氏の所得隠しのためのからくりだ、と。

今夜のディべートに向けて、#MacronCacheCashをフランスでトレンド入りさせよう。そうすれば、フランスの有権者もマクロンに投票する気をなくすかもしれない。

これは、4日後に大統領選の2回目の投票となる決選投票を迎えるマクロン氏とルペン氏の公開討論会が始まる2時間前、というタイミングだった。

この文書の公開を、米国の右派サイト「ディスオビディエント・メディア」や、トランプ氏支持で知られる米国の右派ライター、ジャック・ポソビエック氏が、サイトやツイッターで即座に拡散していった。

ポソビエック氏は、カナダの右派サイト「レベル・メディア」のワシントン支局長だという。

そして、ポソビエック氏は米大統領選でも、フェイクニュース拡散に関わっていた。

クリントン氏が児童性愛の地下組織に関与しているという陰謀論「ピザゲート」だ。昨年12月には、この陰謀論をきっかけに、その拠点とされたワシントンのピザレストラン「コメット・ピンポン」で発砲事件まで起きている

※参照:“ピザゲート”発砲事件 陰謀論がリアルの脅威になる

この発砲事件の前、「コメット・ピンポン」店内の様子をスマートフォンでネット中継し、「ピザゲート」を拡散させていた人物がポソビエック氏だった。

「4chan」も「ピザゲート」の発火点の一つ。「ディスオビディエント・メディア」も拡散に関わっていた。「ピザゲート」拡散と同じサイトと人物が、フランス大統領選でもフェイクニュースに関与していたことになる。

さらに、それと呼応するかのように、フランス時間の午後9時から始まった公開討論会で、ルペン氏がマクロン氏に対して、こう発言したのだ

マクロンさん、あなたのバハマのオフショア(租税回避地の)口座が見つからないことを願っていますよ。

●「クロスチェック」が動く

フランスメディアは、米大統領選でのフェイクニュースの氾濫を目の当たりにし、今回の大統領選に向けて対策に取り組んで来た。

その連携プロジェクトが「クロスチェック」だ。

これは、グーグルなどがメディアと連携してファクトチェックなどに取り組む「ファースト・ドラフト・ニュース」と、フランスメディアが協力し、フェイクニュース排除を進める試みだ。

「クロスチェック」のファクトチェックによると、当初はPDFで公開されていた2つの文書は、マクロン氏のものとされるサインが本物と違っていたり、加工のあとが見られたり、と捏造であることが判明した、という。

crosscheck_macron

またマクロン氏も公開討論会の翌日、虚偽情報が流布されたとして、パリの検察当局に告訴。検察当局は捜査に乗り出している。

●サイバー攻撃と大量流出

決選投票の2日前となったフランス時間の2017年5月5日夜8時。文書共有サイトの「ペーストビン」に多数のアドレスが投稿され、「4chan」にもそのページのアドレスが貼られた。

そのアドレスにあったのは、マクロン陣営の電子メールや会計資料など計9ギガバイト(90億文字分)の文書。同陣営はその数週間前にサイバー攻撃を受けており、この時流出したものと見られている。

だが、この中には実際に流出したものに加えて、偽造された文書も混じっていた、という。

フランスの選挙法では、この日夜10時から投票日夜までの44時間は、投票の公正を期すために、選挙活動や選挙報道が禁止(ブラックアウト)されていた。その直前を、狙いすましたかような内部文書の大量流出だった。

ワシントンのシンクタンク「アトランティック・カウンシル」の研究機関「デジタルフォレンジック・リサーチラボ」がその拡散の経過を分析している

それによると、この大量流出を「#MacronLeaks」というハッシュタグ(キーワード)を使ってツイッターで拡散させていったのが、「隠し口座疑惑」や「ピザゲート」拡散の中心人物の1人、ジャック・ポソビエック氏。さらに「ウィキリークス」だった。

午後10時のブラックアウト開始までに、ツイッターのリツイートで拡散されていたのは、ほぼ、この2つのアカウントによるもの。最も多かったのは「ウィキリークス」の2415リツイートだった。

この「#MacronLeaks」は、当初、米国のトランプ氏支持グループ「オルトライト(オルタナ右翼)」の間で広まった後、ルペン氏の「国民戦線」副党首、フロリアン・フィリポ氏ら、フランスの右派支持者たちに拡散していった。

同ラボの調べでは、6日午前1時から15時間で、30万件のツイートを確認。この拡散の中には、自動送信プログラム「ボット」も含まれていた、という。

ただ、文書の内容はいずれもごく実務的なもので、投票に影響を与えるようなものではなかった、という。また、時間が経過するにつれて、「#MacronLeaks」を否定する内容のツイートが急増し、次第に沈静化していったようだ。

マクロン陣営は3月にもサイバー攻撃を受けているが、この時は文書流出はなかった。

この調査を行ったセキュリティ会社「トレンドマイクロ」は、その手口から、米大統領選で民主党全国委員会などのサイバー攻撃を行ったロシア政府傘下のハッカー集団「ファンシーベア(別名・APT28、ポーンストーム)」によるもの、と認定している。

※参照:米大統領選、ロシアハッカー、ウィキリークス:米民主党メール流出の裏で何が起きているのか

また、別のセキュリティ会社「フラッシュポイント」は、この大量流出のサイバー攻撃も「ファンシーベア」によるもの、と見立てている

これらの見立て通りだとすると、やはり、「ピザゲート」「オルトライト」「ウィキリークス」「ファンシーベア」など米大統領選を席巻した、サイバー攻撃とフェイクニュースのプレイヤーが、そのまま大西洋の対岸に舞台を移した、という構図がより鮮明になる。

●マクロン陣営の対策

米民主党全国委員会やクリントン陣営のポデスタ選対本部長へのサイバー攻撃の経緯を踏まえて、マクロン陣営もサイバー攻撃対策に取り組んで来た、という。

ニューヨーク・タイムズデイリービースト報道などによると、マクロン氏が昨年11月に大統領選への出馬を表明したあと、すでに12月ころから陣営へのサイバー攻撃は始まっていたようだ。

国家安全保障局(NSA)長官で米軍サイバー司令官のマイケル・ロジャーズ氏も9日、米上院軍事委員会の公聴会で、フランス側にロシアによるサイバー攻撃について警告していた、と証言している

この週末に明らかになった事案に先だって、我々はフランス側のカウンターバートに連絡をしています。「気を付けろ、我々はロシア側の動きを追っていて、フランスのインフラに侵入したことを確認している。我々が覚知している内容はこれだ、どんな支援ができるか?」と伝えたのです。

これに対し、マクロン陣営が取った対策が、「サイバーブラリング」と呼ぶ戦略だという。

昨年11月に出馬表明をしたダークホース、マクロン氏の陣営。すでに翌12月からサイバー攻撃を受けていた、という。

だが、選挙戦に忙殺され、セキュリティ対策に十分な人出を割くことができなかった。

このため陣営がとった方策は、偽のメールアカウントと文書、メールなどを大量に用意し、サイバー攻撃によってそれらも流出させることで、攻撃元を混乱させる、というものだ。

マクロン陣営のデジタルディレクター、モウニール・マジョウビ氏は、ニューヨーク・タイムズにこう述べている。

彼らを阻止できたとは思わない。彼らのスピードを遅らせただけだ。それで1分でも彼らの時間を奪うことができたなら、我々は結構だ。

5日に流出した9ギガバイトの文書の中には、偽造されたものも含まれていた、というが、その中には、サイバー攻撃元による偽造文書に加えて、マクロン陣営が用意した偽造メールなども混ざっていたようだ。

●なぜフランスでは効果がなかったのか

調査会社イプソスとルモンドによる決選投票直前、5日の調査では、マクロン氏の支持率63%に対してルペン氏37%。

決選投票の得票率はマクロン氏66%、ルペン氏34%で、フェイクニュースやサイバー攻撃の影響は伺えない。

すると残る疑問は、なぜフランスではサイバー攻撃、フェイクニュースの波状攻撃がさしたる効果を生まなかったのか、という点だ。

マクロン陣営のサイバー攻撃対策や、フランスの検察当局の迅速な動きに見られるように、米大統領選の混乱を目の当たりにして、かなりの分析と学習をしていたことは明らかだ。

一方で、フェイクニュースを拡散しようとした米国の右派グループに、フランス語の言葉の壁はあったようだ。

これに加えて、ニューヨーク・タイムズはメディア環境の違いをあげる。

フランスのリベラシオン編集局長、ヨハン・ハフナゲル氏はこう述べている

フランスにはFOXニュースがないからだ。(FOXのように)幅広い視聴者とパーソナリティを持ち、(フェイクニュースなどの情報を)積み上げて、それを自身のアジェンダのために使おうとする放送局がないのだ。


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※このブログは「ハフィントン・ポスト」にも転載されています。

Twitter:@kaztaira

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