「ロシア発の最大で最も複雑な工作」偽装メディアがフェイクを拡散する「ドッペルゲンガー」とは?

09/29/2022 by kaztaira

偽装メディアがフェイクを拡散する、「ロシア発の最大規模で最も複雑な工作」が明らかになった――。
 
 
フェイスブックを運営するメタは9月27日、ロシア発と中国発のフェイクニュースなどを使った組織的な影響工作(IO)が行われていたとし、関連する偽アカウントなどの削除を発表した。
 
ロシア発の影響工作は、20の欧州の代表的メディアを偽装した60に上るサイトでフェイクニュースを発信。それをAIが自動生成したプロフィール写真を持つ偽造アカウントなどが拡散する、という仕組みだ。
 
NGO「EUディスインフォラボ」は、この工作を「ドッペルゲンガー(分身)」と呼んでいる。
 
メディアを偽装するフェイクニュースの情報戦は、ロシアによるウクライナ侵攻の前からあった。
 
その工作が、より巧妙な手法で大規模に、そして執拗に展開されているようだ。
 

●20メディア、60サイト

 
この工作は今年の5月に始まり、シュピーゲル、ガーディアン、ビルトなどヨーロッパの報道機関の公式サイトに精巧になりすました60以上のサイトを中心とした、広範囲のネットワークとして広がっている。
 
メタのグローバル脅威情報責任者のベン・ニモ氏と、セキュリティエンジニアのマイク・トーリー氏は、9月27日に発表した組織的不正行為(CIB)の報告の中で、ロシア発の情報工作について、そう述べている
 
著名なメディアサイトのロゴやデザインをコピーすることで、フェイクニュースの拡散を推進する手法は、ロシアに限らず、以前から使われてきた。
 
※参照:フェイクニュースで“トランプ氏を大統領にした男”への、最後のファクトチェック(10/01/2017 新聞紙学的
※参照:メディアをハックする:「トランプ辞任」の偽号外(01/17/2019 新聞紙学的
 
今回の特徴は、それが広範囲、組織的、そして執拗に行われている点だ。
 
EUを標的とした偽情報キャンペーンの調査を行うNGO「EUディスインフォラボ」は、この情報工作を、メディアの偽装サイトを使ったその特徴から「ドッペルゲンガー」と呼んでいる。
 
ニモ氏らの報告書の一覧表に挙げられているのは、ドイツ、英国、フランス、イタリア、ラトビア、ウクライナの6カ国、60のアドレス(ドメイン)と20のメディアだ。
 
最も集中しているのは、ドイツのメディアでアドレスの登録数は47に上る。
 
このうち、著名週刊誌のシュピーゲルだけで、14ものアドレスが、様々なバリエーションで6月29日から9月14日にかけて、相次いで登録されている。工作へのブロックと、その回避の攻防が繰り返されていたようだ。
 
私たちの調査中、この工作のドメインをブロックしても、さらに新しいウェブサイトを立ち上げようとしていた。この活動への執着と継続的な投資を示している。
 
シュピーゲルの公式のアドレスは「spiegel.de」だ。だが偽装サイトは、ページデザインやロゴはそのままコピーした上で、「spiegel.fun」「spiegelr.today」といった本物と間違えやすいものを使用していたという。
 
英シンクタンク「戦略対話研究所(ISD)」の調査では、EUでの配信が全面禁止されているロシア国営メディア「RT」が、アドレスを微妙に変更しながら、規制回避を繰り返している実態も明らかになっている。
 
※参照:ウクライナ侵攻半年「ロシアメディア」が規制潜りフェイク拡散、新たな手法とは?(08/22/2022 新聞紙学的
 
このほかの偽造サイトのアドレスとして使われていたのは、オンラインメディアのtオンラインが10件、タブロイド紙のビルトが7件、ミュンヘンの南ドイツ新聞が4件、フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングが2件などとなっている。
 
英国では、デイリーメールとガーディアン、イタリアではANSA通信とレプブリカなどの広く知られたマスメディアなどが標的となっている。
 
ガーディアンの偽装サイトでは、同紙の実在の記者の署名とプロフィール写真を使って、ウクライナ・ブチャのロシア軍による虐殺を「でっち上げ」とするフェイクニュースを発信していた。
 

●1,600アカウントを削除

 
この影響工作が明らかになったきっかけは、その拡散の中心舞台となったドイツの公共放送ZDF(第2ドイツテレビ)が8月29日に公開した調査報道だった。
 
その後、偽装メディア工作の標的とされたtオンライン南ドイツ新聞も、相次いで検証結果を報じている。
 
ニモ氏らの調査によると、この工作には、フェイスブックの1,633のアカウント、703のページ、1つのグループ、さらにインスタグラムの29アカウントが関与。
 
フェイスブックでは約4,000のアカウントがこれらのページをフォロー、10未満のアカウントがこのグループに参加し、インスタグラムでは約1,500のアカウントがこれらのアカウントをフォローしていたという。
 
またこの工作でフェイスブックとインスタグラムで使われた広告費は、約10万5,000ドル(約1,500万円)だったという。
 
偽装サイトのフェイクニュースは、景気低迷をウクライナ支援、ロシア制裁などと結びつけ、ウクライナ難民を中傷するといった、ロシアのプロパガンダに沿った内容だという。
 
そして、これら偽装サイトのコンテンツは、AIが自動生成したプロフィール写真を持つ、互いに似通った名前の自動生成アカウントなどによって、プラットフォームを超えて拡散していたという。
 
偽アカウントは、これらの記事やオリジナルのミーム、ユーチューブ動画とフェイスブック、インスタグラム、テレグラム、ツイッター、請願サイトのチェンジ・ドット・オーグや(人権擁護などのキャンペーンNPOの)アバーズ、さらには(ブログプラットフォームの)ライブジャーナルなど、多くのインターネットサービスで宣伝していく。
 
ヨーロッパとアジアのロシア大使館のフェイスブックページによって、この工作の内容が拡散されたことも複数回確認できた、としている。
 
※参照:ウクライナ侵攻「政府公式アカウント」がフェイク増幅エンジン、SNSが規制しない理由とは?(03/22/2022 新聞紙学的
 
各国語に対応したサイト開設、大量のフェイクアカウントの作成、連携した拡散、そして継続的なキャンペーン。これらは、組織的なリソースなしには不可能だ。ニモ氏らはこう指摘している。
 
これは、ウクライナ戦争が始まって以来、私たちが破壊したロシア発の工作の中で最大規模で、最も複雑なものだ。巧妙さと乱暴さの珍しい組み合わせだ。偽装されたウェブサイトと多言語の使用は、技術的・言語的な投資が必要なものだった。
 

●中国の「昼休み」と工作の効果

 
ニモ氏らの報告書では、ロシア発の工作とは別に、中国発の工作についても取り上げている。
 
こちらはより小規模で、削除したのは、フェイスブックで81アカウント、8フェイクブックページ、1フェイスブックグループ、インスタグラムで2アカウント。
 
工作の標的は、米国とチェコだったという。工作の特徴は投稿数が増える時間帯。月曜日から金曜日の日中、ちょうど中国の午前9時から午後5時にあたる時間帯に、投稿が活発になったという。ランチの休憩時間、さらに週末には、投稿数が低下していたという。また、投稿の多くは中国語が使われていたという。
 
これらの工作は、どれほどの「効果」を上げたのか。
 
ニモ氏らが「精巧さと乱暴さの珍しい組み合わせ」と述べたように、偽装メディアサイト作成では「精巧さ」も見られたが、拡散に使った偽造アカウントや広告は粗雑なものだったようだ。
 
そのほとんどは、システムが自動検知して、削除した、という。
 
この2つのアプローチは、情報環境を長期間にわたって占拠するための本格的な取り組みというよりは、「ショーウィンドー狙いの強盗(スマッシュ・アンド・グラブ)」のようなものだった。
 
いずれも、工作にかけた費用や手間に見合うような効果、つまり拡散は得られなかったようだ。
 
ただし、発信者はいずれも特定できておらず、工作が終了したわけではなさそうだ。
 
検証を手がけた「EUディスインフォラボ」のエグゼクティブディレクター、アレクサンドル・アラフィリップ氏は、発信者がわからぬまま「工作がなお進行中だということが問題だ」と指摘している。

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