ジャーナリズムが破壊的イノベーションに立ち向かうには

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01/08/2013 by kaztaira

2013年のジャーナリズム」でも紹介したが、ジャーナリズムが破壊的イノベーションに立ち向かうには何をすべきか、という興味深い論考がある。

Exif_JPEG_PICTURE破壊的イノベーションとは、確立された製品・サービス市場に低品質、低コストで参入し、市場の秩序・ビジネスモデルを破壊するイノベーション。この問題をジャーナリズムの視点で考えるなら、市場を席巻する「破壊者」としてのウェブの潮流に対して、ジャーナリズムの側にはどんな手立てがあるのか。

このテーマに取り組んだのが、まさに「破壊的イノベーション」という概念を提唱した『イノベーションのジレンマ』の著者でハーバード大学ビジネススクール教授、クレイトン・クリステンセンさんだ。

そのクリステンセンさんが、カナダのニュースサイト「Globalnews.ca」編集長、デビッド・スコックさん、ハーバード・ビジネス・レビューのコントリビューター、ジェームズ・オールワースさんと行った共同研究が「ニュースを破壊する ジャーナリズムにおける破壊的イノベーションの手法を身につける(Breaking News Mastering the art of disruptive innovation in journalism)」だ。「破壊者になれ(Be the Disruptor)」のタイトルで電子書籍(無料)にもなっている。

主軸となるテーマは単刀直入だ。「この急速に変化する状況の中で、既存の報道機関はいかにして財政的に持続しつつ、読者との結びつきを維持できるのか?」。

検討の柱として三つのポイントをあげる。

(1)読者のとっての「価値」とは何か? 報道局がそれを活用するチャンスはどこにあるか?

(2)破壊的イノベーションの既存の報道機関のビジネスモデルへのインパクトとは? 保有するバリューネットワークを生かして収益増とイノベーションの推進をするには?

(3)環境変化に対応した企業文化と技能のマネージメントとは?

【読者にとっての価値】
マーケティングの観点から、戦略は往々にして顧客の年齢構成、価格帯、流通プラットホームをめぐる議論になりがちだが、そうではなくて、読者の「課題解決(jobs-to-be-done)」の視点からビジネスを捉えるべきだという。

顧客はあてどなく商品をさがし回っているわけではなく、「問題に遭遇したとき、その解決策を求める―そこが商品やサービスを手にとるポイントだ」。

例えばイケアは、家具の販売というだけでなく、時間のないビジネスマンに即日配達という「課題解決」を提供したり、子ども連れの家族に保育室という「課題解決」を提供している、と。

これらの「課題」はメディア市場には膨大に存在するはずだとクリステンセンらは指摘する。

「”10分の空き時間があるんだけど、何か面白いもの、楽しめるものでこの10分を埋めてくれないか”――デビッドはこの10分をつぶすのにツイッターを選んだ。しかし、コーヒーショップに置いてある新聞を手に取ることもできたし、アップストアからゲームを取ってくることも、メールの返信をすることもできたはずだ。「課題解決」の視点から世界を捉えれば、人々の行動について膨大なインサイトを得ることができる」

読者の「課題」を把握したら、さらにいくつもの施策の検討が必要になる。「その課題を競合社よりもうまく解決するために、既存の商品・サービスをいかに改善すべきか」「課題解決のために、既存商品のうちどれがすでに競争力を持たず、割愛すべきものか」「そして最後に、読者の(あるいは新たな読者の)これまでとは違う課題を解決するために、どのような新商品を投入するべきか」

【ビジネスを変える】
ビジネス環境の激変に対応して、ビジネスモデルを見直す必要についても検討している。

紹介する事例はIBM。ハードとソフトを含むコンピューターメーカーとして市場を席巻した同社は、破壊的イノベーションに向き合う中で、ソリューション(課題解決)ベースのコンサルティングに軸足を移した。

「IBMのように、報道機関も統合され、閉じられた生態系に根ざすビジネスモデルから視線を移し、分散し、オープンなシステムが可能にしたチャンスを生かしていくべきだ。報道機関は、課題解決に役立つような編集局の資産を活用することで、あらたなビジネス展開を模索していく必要がある。このような資産は、あらゆる業務を精緻に検証することで見いだすことができるだろう」

その一例として、音楽業界がCDの売り上げから、コンサートなどの興行収入へと軸足を移したことなどをあげる。

そのような報道の資産の生かし方として、ニュースがコモディティ(日用品)化する中で、ニュースの「誰が何をいつ、どこで」という要素よりも、「どのように、なぜ、その意味は」といった文脈の提示とニュースの価値判断、さらにニュースや情報を核とした「会話」を促す役割を求められている、と。

ダラス・モーニング・ニュースCEOのジム・モロニーさんは、これを「PICA」と呼んでいるという。「視点(Perspective)、解説(Interpretation)、文脈(Context)、分析(Analysis)」。

各新聞社の報道局の”強み”を見定める。「それが地域報道なら、そのコンテンツからより大きな価値を生み出すにはどうしたらいい? 地域報道の能力をさらに広げるには? 報道局がイノベーティブな商品やアプリを開発するには、しかもそれらを、コストをおさえながら実現するには?」

報道機関の資産を生かす方策の一例として、コンサルティング・サービスを紹介している。ニューヨーク大学教授、ジェイ・ローゼンさんが提示する「あらゆる企業が、今やメディア企業だ」という論点から、「報道機関はこのニーズを収益化することができる。”デジタル・エージェンシー”として、報道機関がオンライン・マーケティングや地域事業主へのトレーニングやコンサルティング・サービスを行っていくのだ」。文章の添削、ウェブサイトの立ち上げ型、ソーシャルメディアの使い方、広告出稿などをその資産としてあげる。

【体質改善】
戦略は定まっても、実行のための最大の敵は社内、というわけで企業文化と能力の体質改善が論点の三つ目だ。
「報道局幹部がもらす最も一般的な不満の一つが、デジタル化に対応するために報道局の文化を変えていくことの難しさだ。だが、企業文化を変えていこうとするとき、出発点となるのは業務プロセスや文化ではなく、取り組もうとする”タスク(課題)”そのものだ。なぜなら、業務プロセスや優先順位は、タスクを遂行する中で、その結果として形づくられるものだからだ」

達成すべきタスクを明確化し、それに応じた業務プロセス、優先順位をつくりだす。そのために、(1)既存組織とは別の新組織を立ち上げる(2)既存組織からのスピンアウトの形で独立組織を立ち上げる(3)新たなタスクにマッチした業務プロセス、優先順位を有する外部組織を取り込む、という三つのオプションを示す。

ただ、せっかく外部組織を取り込んでも、既存の企業文化に染めてしまっては元も子もない、などリアルな注意点も。

そして、こう結論づける。

「既存の報道機関にとって、しばしばイノベーションが難しく感じられる理由は、極めて有能な人材がそろっていても、彼らは組織の業務プロセスと優先順位の中で働いていて、それらは目下の課題のためにデザインされたものではないからだ」

「イノベーティブな報道局の環境づくりとは、既存のバリューネットワークを吟味すると同時に、既存のビジネスモデルにとらわれずに、読者にとっての新しい”体験”を探求し、これらの破壊的イノベーションを生かしていくために、リソースや業務プロセス、優先順位を再編成していくことだ」

興味のある方は、原文にあたることをおすすめします。

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