2014年のメディア:スノーデン効果、富豪のギャンブル、そして起業家精神(更新)
コメントする12/29/2013 by kaztaira
そういえば、映画「ブレードランナー」の舞台設定であり、「アキラ」の設定でもある2019年まで、年があけるとあと5年。
ジャーナリズムの未来予測も、SFの色が濃くなろうというものだ。
ハーバード大学ニーマンジャーナリズムラボの年末恒例「新年のジャーナリズム予測」が、今年も出そろっている。
総勢52人、メディアの最前線に立つ当事者や研究者による予測は、毎年、刺激になるものばかりだ。
PREDICTIONS FOR JOURNALISM 2014: A NIEMAN LAB SERIES
PREDICTIONS FOR JOURNALISM 2013: A NIEMAN LAB SERIES
2013年のメディア予測については、このブログでも2回に分けて取り上げている。「2013年のジャーナリズム(その1) (その2)」
●名門紙が売りに出る
昨年の予測は、かなりこの1年の勘所をとらえていたように思う。
たとえば『あなたがメディア!』の著者、友人でジャーナリストのダン・ギルモアさんの「算数をしろ(Do the math)」。データジャーナリズムへの流れの強まりは、確かに日本でも実感できた潮流だった。
ニューヨーク・タイムズのエマージングプラットホーム・エディター、フィオナ・スプルールさんは「モバイルファースト」だった。
「今後1年から1年半のうちに、多くの報道機関で、携帯やタブレットからの利用がデスクトップやノートパソコンを上回る、50%の閾値を超えることになるだろう」
今年のメディアを特徴づける、バズフィードやニュースワージーといった、口コミ拡散に特化した「バイラルメディア」では、モバイルによるアクセスがすでに6割に達し、パソコンとの差は開く一方になっていて、スプルールさんの予測を裏書きする。。
ノースウェスタン大ナイト・ラボ所長のミランダ・マリガンさんの「ロボットの台頭」。昨年からすでに話題となっていた、人工知能による記事作成、すなわち「ロボットジャーナリズム」の動きは、今年もさらに広がりを見せた。
著書(とウェブも)『ニューソノミクス』で知られるメディアアナリスト、ケン・ドクターさんは、「名門紙の入荷」。これは恐ろしいほど当たった。
「お屋敷を買うぐらいの値段で新聞社が買えるんだぞ。5年前にダウ・ジョーンズが売りに出たときの10分の1ちょっとの値段でトリビューングループの8紙の全株式が買えるんだ。2紙ぐらいどう?」
8月にアマゾンの創業者、CEOのジェフ・ベゾスさんが老舗、ワシントン・ポストを、2億5000万ドルで買収する発表としたことが、まさにそれだ。このブログでも「ワシントン・ポストと1万年を刻む時計」で取り上げた。
●速報ニュースが壊れる
ナイト財団のメディアイノベーション・プログラム・リーダーで元ガネット副社長のマイケル・マネスさんは「速報ニュースが壊れてる(Breaking is broken)」。
「先進的でコンテクストを提示できるジャーナリストの報道に加えて、報道局に求められるのは、ソーシャルメディアの情報を、フィルターにかけ、真偽を確かめ、キュレーションし、読者に広めていくことができる能力だ」
これも、今年を特徴づける動きだった。4月のボストンマラソンで起きた爆破テロ事件を巡っては、ネットをデマが駆け巡り、それをもとにメディアが誤報する、という事態が起きた。
「支援・犯人捜し・誤報:ボストン爆破テロ、(ソーシャル)メディアで起きたこと」「クビになったソーシャルエディター: ボストン爆破テロ、メディアその後」
そして、バズフィードなどのバイラルメディアで飛び交うニュースの信憑性の問題は、「ウェブニュースは毎日がエイプリルフールか」でも紹介した。
だが一方で、「ソーシャルメディアの情報を、フィルターにかけ、真偽を確かめ、キュレーションし、読者に広めていくことができる能力」は、実はネットのオープンデータ、クラウドソースにあるというオープンジャーナリズムの動きも、まさにこの文脈の話だ。
●スノーデン効果を持続させる
では、来年はどうなるのか。
メディアの存在を再認識させたのが、6月からほぼ半年、ガーディアンなどによる一連の報道で明らかになった「スノーデン事件」だった。
ダン・ギルモアさんは、2014年の予測をこう掲げる。「スノーデン効果を足がかりに」
「スノーデン効果」とは、ニューヨーク大教授で、ジェイ・ローゼンさんの言葉だ。
エドワード・スノーデンさんによる秘密文書の暴露によって、米国家安全保障局(NSA)などの情報監視活動が公知の事柄となり、これまでひた隠しにされてきた問題が、公の場で議論されるようになった。このように、情報の拡散がクリティカルマスの閾値を超え、社会を動かす「効果」を指しているようだ。
ローゼンさんはスノーデン事件をスクープした元ガーディアン紙コラムニスト、グレン・クリーンワルドさんらととともに、イーベイ会長のピエール・オミディアさんが設立するニュースベンチャー「ファースト・ルック・メディア」に参加することになっている。
ギルモアさんは、こう指摘する。
「2014年、そしてその先も、ジャーナリストはスノーデン効果の触発を受けとめていかなければならない。クリティカルマスの獲得にもっと焦点をあることが必要――それをどのように実現し、どう持続させるか。ジャーナリズムに意味があるとするなら、重要なテーマをただ取り上げるだけでは足りない。それらを拡散し、さらに持続させていくべきなのだ」
●億万長者のメディアギャンブル
バークシャー・イーグルなど新聞3紙の発行人を務めてきたマーティン・ランゲフェルドさんは、億万長者たちによる相次ぐメディア買収の年を総括し、辛めの予測をする。「億万長者のメディアギャンブルを理解する」
28の日刊紙を3億4400万ドルで買収したウォーレン・バフェットさん。
ボストン・ブローブなどを7000万ドルで買収したレッドソックスのオーナー、ジョン・ヘンリーさん。
2012年6月にオレンジ・カウンティ・レジスターなど7紙を含むフリーダム・コミュニケーションズを買収したグリーティングカード業界の富豪、アーロン・クシュナーさん。
そして2億5000万ドルでワシントン・ポストを買収したアマゾンのジェフ・ベゾスさんと、同額を投じて「ファースト・ルック・メディア」を設立するイーベイのピエール・オミディアさん。
この億万長者たちの、メディア戦略とは何なのか――ランゲフェルドさんは、その一つひとつを検証していく。
例えばバフェットさんの場合は、「吸い取り戦略」ではないか、と指摘する。単に安いから買い集め、利益を吸い取って、数年後に価値がなくなってもそれなりのリターンは手にしている、というモデルだ。
「ニュースについての大がかりな戦略も、新しいビジネスモデルもオマハ(※バークシャー・ハサウェイの本社)からは出てこないだろう。結局は、これらの新聞は廃刊か売却となる。それが吸い取りだ」
また、ベゾスさんのワシントン・ポスト買収については、安物の中古車に例える。
「ベゾス氏の場合、ポストへの投資は個人資産の1%以下。我々が安物の中古車を買うようなものだ。もしかしたら、あとで転売してちょっとした儲けになるかもしれない――でも実際のところ、大して気にしちゃいない」
ポストの件は、当初から買収というよりも、支度金付きの譲渡だとの指摘もあった。
ニーマンラボ予測の筆者の1人でもあるロイターのライター、フェリックス・サーモンさんは、買収額2億5000万ドルに対して、ポストの年金基金の積立額は、年金債務(2億8300万ドル)を大きく上回る3億3300万ドルに及び、逆にベゾスさんの方が8000万ドル超を手にした計算になる、と述べていた。
億万長者たちの買収の行方については、ケン・ドクターさんも、予測シリーズとは別の記事で指摘している。
新聞の未来が開けるかどうか――それは、億万長者たちが買収後にどれだけの手間をかけて、新聞社に変革を起こそうとするかにかかっている、と。
変革の震源となるのかが注目されるオミディアさんの「ファースト・ルック・メディア」については、ランゲフェルドさんも期待を込める。1980年代のCNN立ち上げに例えて、こう述べている。
「CNNは全く新しいモデルであり、グローバルであり、破壊的であり、優れた人材を集めた。そして利益を上げるまでには5年を要している。だからピエールにもチャンスをあげよう――それにはしばらく時間がかかるかもしれない」
●予測型のパーソナル化、ビヨンセ・モデル
デジタル戦略エージェンシー、ウェブメディア・グループ創設者のエイミー・ウェブさんは、「ニュースの未来は予測型」で、「グーグルナウ」などの、天気、交通情報、スケジュールなど、利用場面に応じて先回りで情報を提供する「予測型のパーソナル化」がカギを握る、と見る。
ニューヨーク・タイムズのテクノロジーライター、ジェナ・ワーサムさんは、「ニュースの未来は…サシャ・フィアース(※ビヨンセの別名)」で、「ビヨンセ・モデル」を提案する。
ビヨンセさんは12月、インスタグラムの公式ページで突然、「ビジュアルアルバム」「14曲」「17ビデオ」「発売中」とだけ告知した新作アルバム「ビヨンセ」の動画を公開。アイチューンズのみで独占販売し、発売から3日間で83万枚近い記録的な売り上げとなった。
この販路を限定したデジタルファーストで、予想を裏切る大量コンテンツの投入。そしてファンに直接アピールする販売戦略。
「その体験が十分に新しく、オリジナルなものなら、需要はそこにある」とワーサムさん。
一歩間違うと、「それをつくれば、彼はくる」(フィールド・オブ・ドリームス症候群)という、ダメなサービスの典型がばっくりと口を開けていそうで、少しこわい。
【追記】
年末、ダン・ギルモアさん、瀧口範子さん夫妻の忘年会に呼んでいただいて、いろいろと話をすることができた。
ギルモアさんは現在、アリゾナ州立大のジャーナリズムスクール教授で、デジタルメディア起業家センター所長、さらに、新しいプロジェクトとして、ジャーナリズム起業家研究所も立ち上げた。
前者は学生対象だが、後者は起業家精神を教育に取り入れたい教授たちが対象というユニークなコースだ。
まさに今メディアに求められているのは「起業家精神」。
それぞれのコースで、起業家精神を一体どんな風に教えているのか? 「それを説明しだすと、数時間がかりだ」
じゃあ、勘所だけでも。「失敗を受け入れ、評価する、という文化になれるかどうかだ」
イノベーションとNIH症候群(ノット・インベンティッド・ヒア、つまり外からもってきたイノベーションへの拒絶反応)の衝突については、どうだろう。「そのためには、外部との協業などで、文化を変えていくことが必要だ」
なるほど。
「ただ、ジャーナリズムのイノベーションはあっても、ビジネスモデルのイノベーションは、そう簡単じゃないけれど」
ギルモアさんは、ガーディアンにこんな一文も寄せている。
「楽観主義者と呼ばれてもいい。ジャーナリズムの未来は、殺伐とはしていない」
なるほど。
【追記2】
藤代裕之さんからご指摘を受けたが、2014年といえば、「EPIC2014」だ。
「ワシントン・ポストと1万年を刻む時計」でも紹介したが、「EPIC 2014」では、グーグルとアマゾンが合併したグーグルゾンが2014年、パーソナル化されたニュースの自動作成システム「EPIC」を公開。一方で、ニューヨーク・タイムズはネット展開をやめ、エリートや高齢者のための紙媒体のみの新聞になるという結末だった。
リアルな2013年に起きたのは、紙の新聞は消えて行くといい、新聞はデジタル版でしか読まないというアマゾンCEOによるワシントン・ポストの買収だった。
折に触れて、大学の講義などでも紹介してきたが、リアル2014年に見るのも、味わい深い。
(Creative Commons License: BY-NC-SA 2.1/表示-非営利-継承 2.1)
———————————–